学振懇話会(講演会)のお知らせ

日本人会会員の皆様へ

学振懇話会(講演会)のお知らせ

日 時  2010年9月9日 (木) 午後6時半開場、7時開演
場 所  当センター1階多目的室 (9, Al-Kamel Muhammad St., Zamalek )
講 師  川西宏幸氏(筑波大学大学院教授)
演 題  もうひとつの古代エジプト―アコリス遺跡を掘り続けて30年
     (入場無料、予約不要、お問い合わせは大石まで。講演の後、恒例の懇親パーティを開きます。お気軽にどうぞお越しください。)

【講師からのメッセージ】
 カイロから南へ230キロメートルほど離れた中部エジプト。ナイル河東岸の台地上にアコリスという名の都市遺跡があります。南北600メートル、東西300メートル、面積15ヘクタールの区域内には、崩れた神殿や日干し煉瓦の住居址があって、荒涼とした風景を造り出しています。古代エジプトには巨大都市が少なくありませんが、ここは中規模程度の都市で、あまり目立たない遺跡です。
 この地の歴史は、古王国時代末期の第6王朝(2233~2150B.C.)に始まり、A.D.700年ごろに終焉を迎えました。イスラム勢力が政権を握ってから半世紀ほどの間、コプト社会として存続したことは分かっていますが、遺跡の表面に残る焼土から考えて、最後の日は突然訪れたようです。
 現在の調査は、第3中間期(1072~712B.C.)の集落部分と近傍のプトレマイオス朝からコプト時代の石灰岩採掘跡を対象としております。プトレマイオス朝とは、あの高名なアレキサンダー大王(356~323B.C.)の死後に樹立された外国人の王朝です。ファラオの強大な王国が営まれたナイル流域が、外国勢力の支配を受ける転換期となったのが、この第3中間期です。
エジプト古代史は、古王国・中王国・新王国の3王国時代に分けられますが、それぞれの中間期にはエジプトの統一が崩れました。エジプト王朝の力は、あたかもナイル河の増水のように、上下動を繰り返したのです。とりわけ第3中間期は、やがて王国が強さを取り戻した第1と第2の場合とは異なり、回復できないまま衰退と混迷の時期でした。それでは、なぜこの時代を転機に、エジプトは戻りようのない坂を滑り落ちるようになったのでしょうか?
 アコリスの発掘調査は、ピラミッドや王家の谷などの隆盛とは縁のないテーマを掲げ、またギザやテーベから遠く隔たる中エジプトの地方都市で、「もうひとつのエジプト」を垣間見ていると言えるでしょう。

日本学術振興会カイロ研究連絡センター